元ナイジェリア代表ヌワンコ・カヌを思い出そう!

名門アヤックスに引き抜かれる! 

ヌワンコ・カヌはナイジェリア、オウェリに1976年8月1日に誕生した1 

ナイジェリアの イウアニャンウ・ナショナルで育成されたFWで、U-17W杯で活躍し15歳でアヤックスに引き抜かれた。 

アヤックスでは54試合で25点を挙げ、1995年のCL決勝ではベンチにいたものの、チームはミランに勝利しCL優勝を経験。1996年にはアトランタ五輪でキャプテンとしてチームを牽引し、金メダル獲得へ導く。アタランタ五輪後、インテルに移籍した。 

イタリアの名門インテルへ移籍。しかし。。。 

しかし、メディカルチェックで心臓弁幕症を患っていることが発覚し、選手生命が危ぶまれた。 

そもそもインテルに報告を怠ったアヤックスに責任があり、インテルと契約をしないことが考えられたが、当時インテルの会長であったマッシモ・モラッティが契約をした上、自費で手術費用と治療費を全額負担した。2 

後にカヌはモラッティ元会長について第二の父親だと語っている3 

アーセナル移籍 

インテルであまり出場機会を得られなかったカヌは1998年1月にアーセナルへ移籍。99-00シーズンには50試合に出場し、17ゴールを挙げる活躍をした。 

中でも、チェルシー戦で0-2とリードを許す段階でハットトリックを決め、3-2で逆転勝利した試合はファンの中でも語り継がれている。 

しかし、ティエリ・アンリの加入などで途中出場が徐々に多くなり、無敗優勝を決めた2004年契約が満了した。 

ウェストブロム、ポーツマス時代 

2004年、契約満了後プレーしたのがウェストブロムだった。05-06シーズンには1973年以降ホームで未勝利だったアーセナルに泥を付ける試合で同点ゴールを記録した。

カヌはそのシーズンの降格を持ってポーツマスに移籍した。 

ポーツマスでの最初のシーズンは輝かしいものだった。年間のトップスコアラーとなり、FAカップの準決勝ではウェストブロムを相手に決勝進出を決める決勝ゴールをあげ、決勝でもカーディフを相手に優勝を決める決勝ゴールを決め、順風満帆だった。 

カヌは金融危機の影響で降格したポーツマスでのプレーを続けたが、多額の給料未払いのため2012年にクラブを退団し、現役を退いた。197cmの長身と足元の柔らかさが特徴のFWだった。 

>>次ページ:カヌの引退後 

脚注

  1. Nwankwo Kanu-Wikipedia 
  2. https://it.wikipedia.org/wiki/Nwankwo_Kanu
  3. Kanu: “Grazie a Dio e a Moratti – Gazzetta dello Sport”