カリアリの伝説、ダヴィド・スアソ

タバレス監督の推薦でカリアリへ

ダヴィド・スアソは1979年12月5日にホンジュラスのサン・ペドロ・スーラで生まれた。

母国のオリンピアというクラブでキャリアをスタートし、1999年に当時カリアリの監督で、現在ウルグアイ代表を率いるオスカル・タバレス監督の推薦でカリアリに入団した。

移籍金は200万ドル(現レートで約2億2000万円)だった。最初のシーズンでセリエBに降格し、4シーズンセリエBでプレーする。03-04シーズンにはサルデーニャの英雄ジャンフランコ・ゾラの復帰や自身も19得点を記録するなどし、チームもセリエAに昇格する。

昇格最初のシーズンこそ控えに回ることが多かったが、ゾラの引退後には出場機会が増え、05-06シーズンにはマウロ・エスポジト、アントニオ・ランジェッラと強力なスリートップを結成し、スアソは22ゴールを挙げ、クラブ最多ゴール記録を更新する。

そして、その年のセリエA最優秀外国人選手をカカ(当時ACミラン)とともに受賞した。

プライベートでは2005年には交際していたエリーザさんと結婚。2人の子宝に恵まれる。

オファー殺到でインテル移籍

06-07シーズンには14点を挙げたことでビッグクラブからオファーが殺到する。最終的にはインテルがミランとの争奪戦を制し、スアソを1400万ユーロ(現レートで約19億円)で移籍する。

最初のシーズンこそ8得点をあげ、そこそこの活躍を見せるも、08-09シーズンは若手の台頭などもあり、ベンフィカにレンタル移籍する。

その後、09-10シーズンにはジェノアへレンタル移籍をするも活躍ができなかった上、2011年にインテルとの契約が満了し、フリーになる。

2011年にはカターニャと1年契約するも6試合しか出場がなく、契約が満了。2013年に3月27日に現役引退を表明。どうやら、長年膝の故障を抱えていたようだ。

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